今や「青の時代」と言えば、堂本剛くんが主演したドラマのタイトルか、キンキキッズのバラード・ナンバーという認識をされている方が多いことと思います。しかし、芸術の世界に目を向けてみると、この「青の時代」という言葉にはある偉大な芸術家の若かりし頃の苦悩の時代が象徴されているのです。
その偉大なる芸術家の名は、パブロ・ルイス・ピカソ。そう、これを読んでいる若い世代の方でも彼の名を知らぬ人はいないでしょう。スペインが産んだ最も偉大なる現代美術の巨匠です。
ピカソは、1881年にスペイン南部のアンダルシア地方でこの世に生を受けました。彼はアートスクールの教師であった父の血を受け継ぎ、子供の頃から絵画の才能に秀いでていました。わずか16才の時に、父親に「おまえに教えることはもう何もない」とまで言わしめた天才画家だったのです。その彼が19才になった1900年、2度目にパリを訪れた際にある悲劇が起こります。ピカソの親友だった同業者のカサヘマスが、失恋の痛手からモンマルトルのアパルトメントでピストルによる自殺を図ります。当時まだティーンエイジャーであったピカソにとって、カサヘマスの死は大いなる悲しみをもたらし、急速に彼をインナーワールドへと誘ないます。そして、20世紀の訪れと共に、彼の初期の作風として有名な「青の時代」へと突入するのです。「青の時代」は、続く「バラ色の時代」が訪れるまで彼の青年期を6年間も占有します。まさに、青春時代に終わりを告げる繊細な年頃であったピカソを如実に物語る時代として、また彼の将来の作風に絶大な影響を与える通過儀礼として、「青の時代はピカソを語る上で非常に重要な期間となったのです。
私とピカソとの出会いも「青の時代」に描かれた一枚の絵でした。それは、横浜美術館で1990年に開催された「バルセロナ〜アバンギャルド
Part 1」という展示会に出品された、愛知県美術館所蔵の「青い肩かけの女」(作:1902年)というタイトルの付いた油彩画でした。それは「青」というより黒や緑に近いトーンの色彩の中で、貧しそうな女性がじっとこちらを見据えている絵でした。そこに流れている空気は不気味なほど静かで、冷たく、その女性は射抜くような眼差しでこの絵を見ている我々に何かを訴えかけていました。ピカソは普通なら踊り出しそうなほどに躍動感を持った作品を産み出す年頃に、パリの街中で目にする貧しい人々や盲人、老人等に注意を向け、彼らをモチーフに「青の時代」を確立させます。ここには、友人を失ったことへの悲しみをきっかけとして、若者なら誰でもが経験する自身の内面と向き合いながら子供から大人へと移行する時期の心の動きや、プロの画家として独り立ちすることへの不安などが入り混じっています。そういう意味では、剛くんが演じたドラマともオーバーラップする部分はありますし、キンキが歌う「青の時代」の抑えたメロディーと内面的な歌詞は、やはりこのピカソとダブってきますね。
その後も、フランスやスペインに旅行した際に数多くのピカソの名作に触れてきましたが、やはり今でも一番心が惹かれるのは、水を打ったような静寂が漂う「青の時代」の作品であり、中でも特に「青い肩かけの女」を初めて見た時の、言葉では表現のしようのない息苦しさを忘れることはできません。
キンキキッズのファンの方も、機会があったら是非ピカソの「青の時代」の作品に触れて下さい。そこには剛くんや光一くんが大人へと成長する軌跡が刻まれているかもしれませんよ。
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